カテゴリー「能・狂言」の22件の記事

2021/01/11

横浜能楽堂の狂言(その2)書き忘れと新情報・・・

昨日、横浜能楽堂の狂言2曲について書きましたが、
書き忘れが1件ありました。

それは、私がこれまで訪れた主な能楽堂・・・
国立能楽堂をすっかり忘れていました。

国立能楽堂へは、子育てを終えたころから、
数回通っています。

★国立能楽堂 | 独立行政法人 日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/nou.html

平地に立地する国立能楽堂。
昨日初めて訪れた横浜能楽堂は、ここと、
建物の趣が似ていることに気付きました。

そして、また新しい発見がもう一つ。
dマガジンを私は購読していますが、
今日見た「ミセス」の2021年1月号の205ページ
「Stage」欄に昨日の狂言の出演者、
茂山逸平氏の特集記事がありました。

その記事を見ると、
なんと横浜公演の前日は、
渋谷のセルリアンタワー能楽堂でも狂言を3曲演じられていたのですね。


★狂言の会-茂山狂言会-狂言鬼ざんまい
https://www.ceruleantower-noh.com/lineup/2021/20210109.html
★セルリアンタワー能楽堂
https://www.ceruleantower-noh.com/

チケット情報を見ると、
正面席は税込みで8,000円です。

ちなみに、私が昨日見た横浜能楽堂の公演は、
正面席税込みで2,200円でした。
演目の違いによるかも知れないのですが、
低価格といえます。


横浜能楽堂のこれからの活動に注目して、
近くにあるので日本の文化に直接触れる機会を
大いに利用したいと思いました。

| | コメント (0)

2021/01/10

横浜能楽堂で狂言2曲を見てきました。横浜能楽堂は自宅から歩いて行けるところでした。

今日、2021年1月10日(日)、前から予約していた
横浜能楽堂の狂言2曲を見てきました。

緊急事態宣言が発令されたばかりですが、横浜能楽堂のHPを見ると、
それなりの対応をしっかり考えている様子です。
したがって、私は予定通り,鑑賞に出向くことにしました。

片道歩いて25分で行ける距離です。
お天気もよく、運動を兼ねて行きも帰りも歩きました。

今の家に引っ越して20数年たちますが、
脳梗塞を発病するまでは、早朝深夜帰宅、土日祝日も出勤、
病後はそういう過激な勤務はさすが辞めましたが、
心情的に、生活に余裕がありませんでした。

そういう中、たまたま新聞折り込みのタウン誌に
横浜能楽堂の催事の記事がありました。

劇的な2020年も終わるころ、
そろそろ生活の質を変えたいと思っていた矢先、
「そうだ!! 横浜能楽堂にいってみよう!!」とおもいました。

今日のチケット、実は、勘違いで予約したのですが、
折角購入したので、出向きました。
(何を勘違いしたかはここでは省略)

始めて訪れた横浜能楽堂。
予想とは違い、近代的な建物でした。

出し物は「吹取」と「宗論」

特に「宗論(しゅうろん)」なんと50分という、
狂言でこんなに長い演目は初めて見ました。

京都から来てくださった茂山千五郎家の狂言、堪能しました。

横浜能楽堂の「毎月第2日曜日は狂言の日」の特長なのでしょうか?

始まる前に茂山千三郎氏の解説が20分ほどありました。
ユーモアを交え、狂言や能に関するよもやま話、
これも最高でした。

横浜能楽堂の公演、これからも定期的に通いたいと思いました。

★横浜能楽堂
Yokohama

Nougakudou

Nougakudou2

 


横浜能楽堂
https://yokohama-nohgakudou.org/

横浜能楽堂(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E8%83%BD%E6%A5%BD%E5%A0%82
なんと舞台意外の建物全体は1996年3月竣工でした。
運営は、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団

私がこれまで訪れた主な能楽堂

観世能楽堂
https://kanze.net/

宝生能楽堂
http://www.hosho.or.jp/

福岡住吉能楽堂
https://www.nihondaiichisumiyoshigu.jp/nogakuden/
私はこの住吉能楽堂で、幼稚園前から子方で謡い、
仕舞も、そして能にも出演しました。
思い出の能舞台です。
能舞台にたったときの感触、まだまだ体が覚えています・・・。

兄弟5人ともこの舞台にたっています。
父にはよく能や狂言に連れて行ってもらいました。

先ほど、検索してこれがヒットしたので、
まだ健在なのでしょうね。

今日、茂山氏がお話になっていた、
(客席が)畳の能舞台、まさしくまだまだ健在でした。

 

| | コメント (0)

2020/07/11

今日7/11テレビ東京「日本の美」は『GINZA SIX』、改めて「美」を認識しました。

今日7/11テレビ東京22時からの「日本の美」は、
---実はアートの宝庫だった!『GINZA SIX』×南果歩----
でした。

このブログでも、GINZA SIX(銀座シックス)については、
何度か記事にしたことがあります。

というのも、この施設の2017年オープンに関しては、
私自身が一人コーフンするような、いろいろな要素がありました。


3年経った今、テレビでこの特集、
しかも「日本の美」という視点で編集されているということに
興味を持ち、
「土日でも仕事をしなければいけない」状況なのに
時間を調整してテレビを見ました!!


この建築物『GINZA SIX』は、当初
確か200mくらいの高層ビルが予定されていたそうです。
しかし、銀座では56メートル以上の建物は作らないという協定があり、
何度もそれについて「銀座の組合」と話し合いが実施され、
結果的に「56メートルの建築物」に落ち着いたという過程が、
番組の短い時間でポイントよく描かれてました。

この建物の設計を手掛けた建築家谷口吉生氏の
「ひさし」と「のれん」という概念もよく理解でした。
(下記にその詳細がわかるURLを掲載)
実際、銀座通りを歩きながらこのあたりは、
「GINZA SIX」でも個別のお店が並んでいるという印象です。

なお、開業当時の吹き抜け空間は
草間彌生の巨大なかぼちゃのような創作が印象的だったのですが、
どうもこれは期間ごとに変わっている様子というのが、
この番組でわかりました。
(実は当時現地を訪れた私はその状況をみて???!!!でした。)

現在そのエリアは、
吉岡徳仁氏によるデザインアートが展示されているらしいです。
★『GINZA SIX』アート
https://ginza6.tokyo/art

なお、今回の番組の特集で描かれてなかった、
建物の1階に通されている道路「あづま通り」
これも、「銀座」に溶け込ませようとした
ビル建築関係者のポイントに一つではなかったではないでしょうか?

また、今日の番組では、この建造物「GINZA SIX」のなかに
「銀座能楽堂」があることは一切ふれていませんでしたが、
「日本の美」として、
「銀座観世能楽堂」はもう一つ特集を組んでもいい存在と思います。


以下、上記の記事関する関連ページです。
★テレビ東京「日本の美」
https://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/index.html?trgt=20200711

★椎名林檎&トータス松本、デュエットで銀座を歌う
「GINZA SIX」スペシャルムービー「メインストリート」篇
https://www.youtube.com/watch?v=yBx8ntHbJp0
今日の番組でもこの映像がながれていました。

★商業建築の理想は、変わらないものと変わるものの共存
「ひさし」と「のれん」が表現するもの
https://ginza6.tokyo/news/104

★銀座(GSIX)施設案内
https://ginza6.tokyo/facilities
(上記のページでは観世能楽堂は紹介されていません)

★観世能楽堂
https://kanze.net/?id=30

★観世能楽堂へのアクセスマップ
https://kanze.net/publics/index/267/
ページの下の方に詳しい地図があります。
(あづま通りの存在もこれでわかります)

★Wikipedia「GINZA SIX」
https://ja.wikipedia.org/wiki/GINZA_SIX


きょうの番組をきっかけで
YouTubeに下記の映像があることと発見。
★椎名林檎とトータス松本 - 目抜き通り
https://www.youtube.com/watch?v=K6ptsqlfJZ8
蛇足ですが、3年経った今も、
このGINZA SIXのイメージCM、色あせてないと思います。

蛇足の蛇足・・
この銀座SIXは旧松屋デパートの跡地だったのですが
その松屋デパートの閉店セールで買った傘、
それを包む前の店員さんの
「さすがコレコソ販売店の矜持」をいう光景、
いまでもしっかりと覚えています。

 

| | コメント (0)

2018/11/24

能「道成寺」、来月と再来月、国立能楽堂で上演。来月のチケットは売り切れ・・・。

東京新聞の昨日の記事、能「道成寺」について写真入りの解説があります。

そうなんです。この記事の通り、
舞台に鐘を運び入れ天井に吊り下げるのも、そして
演じ終わって鐘を舞台から運び出すのも、
能楽師たちが、観客の前で粛々と行うのです。

このブログで以前にも書いたように、
能「道成寺」のシテは、
激しい乱拍子を踊りながら、
天井に吊り下げられた鐘が落とされると同時に、
鐘に飛び入るのです。

鐘を落とすために縄を離す後見も、裏方ながら重要な役割です。
いつもこのシーンは、ドッキドッキです。
舞台も客席も能楽堂全体が緊張感に満ちていることが
空気でわかります。


そしてシテは、落ちた鐘の中で、
衣装を着替え、面も変え、
暫くして、鐘があげられると、そこには・・・・


この東京新聞の記事で初めて知ったのは、
「鐘の布は、能楽師数人が針と糸で縫い留める」こと。
終演後に糸を解き、再び布を四角に戻すそうです。


国立能楽堂のサイトでチケットを予約しようとすると、
なんと、12月公演(宝生流)はチケット完売でした。

1月公演(観世流)のチケットは、来月販売開始。
絶対、行きたい!!!
チケット入手できるといいのですが・・・。


★<お道具箱 万華鏡>能「道成寺」の鐘 竹製 布を縫い留め
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/tradition/CK2018112302000184.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/05/05

「声が大きい!!」と叱られる今日ですが、小さい頃は「声が小さい!!」と叱られる毎日でした。

この歳(65歳)になって、相変わらず、
通っている会社で叱られるのが、「声が大きい!!」です。

どうも私は、電話のときに大声になるようです。
自分では全然、気づかないのですが、
席の周りにいる人はそう聞こえるらしいです。

会社で
社長から「声が大きい!!」と叱られ、
ある人からは「どういう育てられ方をしたの?」と聞かれるほど。

最近、社長はガラケーからスマホに替えたのですが、
そのスマホでの電話は、とても感度が良い?らしく、
私が社長のスマホで話し始めると「声が大きい!!」と、
最初に怒鳴られる始末。「シュ~~ン・・・・」です。

確かにそうかもしれません(自分ではわかりません・・・)


そういわれたとき、時々幼少のころを思い出します。
それは毎日、父に謡曲を師事されていたときのことです。

謡曲をたしなむ父は、発表会?
(謡曲の世界ではそれを「会」といってましたでしょうか?)
の出し物で「子方」として子供たちを出演?
(謡曲の世界では「出演」という言葉はありません)
させるために、毎日、私たち5人兄弟姉妹にすべて、
謡曲の稽古をつけていたのでした。
  もちろん、5人同時ではなく、
  成長に応じて、同時には2~3人でした。


「ははぁ~にて、ましますか と」(お母さんですか?)
という「隅田川」の一場面は今でも謡えます。

この「隅田川」は、能はもちろん謡曲だけの世界でも、
「お涙頂戴する」曲です。

その「隅田川」をはじめ、いろいろな曲を父から訓練されてました。

正座での稽古ですが、足をシビレさせない訓練もあったと思いますが、
一番脳裏に残っている父の言葉は、それは、
「声が小さいッ!!!」でした。
大きな声で謡うことを、毎日、訓練されていたわけです。

それが習慣となっているのでしょう、私の今の声の大きさは。。。。。

しかし、周りの人に「ウルサイなぁ」と思わせるのは
確かによくありません。


とはいえ、日常業務の中で、「声」の大きさで叱られるのは、
当初は「申し訳ない・・・」と思っていたのですが、
最近は「そんなに叱られなければいけないこと?
    ぼそぼそ何を言っているかわからない、に比べれば、
    むしろ良いことではないか?」
という思いがつのることもあります。

「声が大きい!!」と叱られると、
「声が小さい!!」と叱られた幼少時を思い出す、
こういう経験は稀なことだと思います。

しかし、世渡りのためには迎合することも必要です。
叱られたことを根に持たず、すぐに小さい声にする、
この所作を身に着ければ、今を乗り越えられるでしょう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/17

「道成寺 赤頭」。今日はその4 シテが去った後(5月6日 GINZA SIX 観世能楽堂)

さて、今日も「道成寺」の話、その4です。

怨念満ちたシテが舞台から去った後、
その直後はどうだったのかは、正直、
今となっては忘れています。

ただ、能が終わったあと、いつもは、
静々と、ワキ、ツレ、地謡、囃子・・・の順で
全員が、揚幕や切戸口から舞台を離れるのですが、
「道成寺」の場合は違います。

といっても、5月6日の「道成寺」を見るまで、
それをすっかり忘れていました。

したがって、今回の道成寺は、
「果たして舞台の鐘はいつ降ろされるの(だった)か・・・」
が、興味の一つでした。


答えは、「鐘後見と地謡と囃子が舞台に残っているうちに、
狂言方後見が舞台に登場し、鐘を降ろし、釣り紐を鐘に巻き、
それを、はじめと同じように、4人がかりで橋掛りを通って、
揚幕のもとに去っていく。」でした。

鐘が揚幕の向こうにたどり着いたと同時に、
地謡は切戸口から、囃子は橋掛り→揚幕から、
舞台を離れました。

そして、舞台は、誰もいない舞台に変わりました。

ということで「鐘は衆目の中で降ろされ退場しました。」

この光景を確かめるまでは、
「最後の演目だし、鐘は舞台に釣り上げたままで
 閉演後、観客がいなくなったときに降ろすのかな・・・」
と予想してました。

見事に予想は覆されましたが、
その一連の流れの所作はどれも大変美しいものでした。

「能の魅力はここにもあり」と改めて感じた次第です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/13

「道成寺 赤頭」。今日はその3 鐘が落ちたあと(5月6日 GINZA SIX 観世能楽堂)

今日も「道成寺」の話、その3です。

鐘が無事?!落ちてからのこと。

落ちて、ほっとしたのもつかの間、
狂言アイが二人とも「くわばらくわばら・・・」
と舞台を転げまわり、興味はすぐそちらに向きました。

二人の会話が手に取るようにわかります。
狂言のセリフは聞き取りやすいという印象を再認識しました。
場内から、クスっという声も聞こえます。

そして、アイの寺男が、ワキの住職に、
事の次第を報告します。

女人が鐘の供養に来たこと、そして
鐘がおちて鐘が熱くなっていることを聞いたワキは、
道成寺にまつわるある話をします。

そして、3人のワキは、落ちている鐘に向かって、
数珠を鳴らしながら念仏を唱えます。

ややあって、鐘からなにものかが出てきます。
 (鐘は鐘後見によって舞台から引き上げられます)

その「なにもの」かというのは、
鐘の中に飛び込んだ白拍子なのですが、
それが鐘が上がると同時に蛇体化して現れるのです。
鐘に入るまえの面も衣装と、全く異なっています。

それに私にとって、今回初めて経験したことの一つは、
赤頭(あかがしら)といって、
赤いかつらをかぶっていたこと。

★赤頭
http://db2.the-noh.com/jdic/2009/09/post_132.html


私の道成寺の後シテの記憶は、
それこそ上記のページの写真にあるような、面のみのいで立ち。

シテは、落ちた鐘の中で、
一人で衣装を変えるわけですが、
この赤頭までつけるのは、
一人で狭くて暗い鐘の中での衣装替えはさぞ大変と思います。
(鐘の中に鏡とか置いてあるのかなぁ・・・・)

とにかく、5月6日の後シテは激しかったです。
なにしろ、橋掛りの紙垂(しで)をたたき落とした位・・・。

「静」の前シテと「動」の後シテを見れるのも
「道成寺」の醍醐味と言えます。

次は、「道成寺」、シテが去った後・・・をレポートしたいと思います。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/11

「道成寺 赤頭」。今日はその2 「乱拍子」のとき。。。(5月6日 GINZA SIX 観世能楽堂)

今日は「道成寺」の話、その2です。

鐘が舞台中央に釣り上げられて、いよいよ「ワキ」登場です。
そして「アイ」も。

「女人を鐘に近づけるな」をワキの道成寺住僧が
アイの寺男に告げます。

ここまでの舞台の流れについては、なんの違和感もなく、
当日、5月6日の道成寺は見れました。

しかし、白拍子のシテが能舞台に登場してから、
私は「アレっ??」と思い始めました。

ここからは少し、本来の能の話からずれます。

 シテは「乱拍子」を舞います。
 ほとんど場所を変えず、その場で長い時間かけて1回転の、
 「小鼓」といわゆるセッションする舞です。


 能は「ほとんど動かない」のが一つの特徴です。

 みている人はある意味、これは退屈と言える場面です。

 しかし、謡曲や仕舞、さらに能舞台の経験がある方は、
 お分かりだと思いますが、
 舞っている方は、これは一つの重要な舞なのです。

 けっこう、「動かず姿勢を美しく保つ」って難儀の技なのです。
 「体幹で体を支える」というのか、これはものすごい鍛錬を必要とします。
 
 私は「能・狂言」は、この「静の美しさ」が魅力の一つと思っています。


 ところが、5月6日のシテは、私がふらふら揺れているのかな、
 と思ったくらい、グラグラ&ブルブルだったのです。

 お体の調子が悪いのかな・・・、
 それとも、怒り・恨みで震えていていることを表す、そういう振付だっけ・・・
     (とはいえ、これはありえない)

 それは、時計で測ると約20分くらいの演技でした。
 なにしろ20分位かけてその場で1回転するのですから、
 いかに大変な舞か想像できます。


私は、道成寺をみるときは、いつも「ドキドキ」するのですが、
今回は、もしお体の調子が悪いのなら、
鐘が落ちるとき大丈夫かしら・・・と、
5月6日は「ハラハラ・ドキドキ」して乱拍子の演技に注目してました。


★乱拍子
http://db2.the-noh.com/jdic/2010/07/post_210.html

★道成寺 乱拍子 - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=adABdxmqkSc
乱拍子の場面の一部が見れます。


★『道成寺』見どころ その3「乱拍子」について
http://blog.goo.ne.jp/googeba/e/2958b286c138b999a7b75e18724b6cc7
上記のサイトには、下記の説明があります。
「・・・単純な動作の連続ですが、小鼓に合わせて、姿勢を乱さずに綺麗に静止しながら下半身だけで演じる舞はとても持久力とバランス感覚、そしてスムーズな身のこなし、これらを保つ体力が必要となります。・・・」


しかし結果、5月6日のシテも、
見事に、鐘が落ちると同時に、確かに飛び上がって、
鐘の中に入ってしまわれました。
(私の心配は無用でした・・・)

いつも思うのですが、この鐘を落とすタイミングは、
熟練した「鐘後見」ならではのことです。

たしか、このとき、「ドラ」の音が2回聞こえたのですが、
これも私の空耳だったのか調べてみたいと思います。


★能 演目事典:道成寺
http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_013.html


次回は、鐘が落ちたあとを何回かに分けて書きたいと考えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/09

「道成寺 赤頭」見どころ満載でした。今日はその1(5月6日 GINZA SIX 観世能楽堂)

さて、いよいよ「道成寺」の話ですが、
これは見どころ満載で、久しぶりに見る「道成寺」
しかも「赤頭」は初めてでした。

小さいころから、能舞台で何回も見ている「道成寺」です。
しかし、久しぶりに見るとは言え、64歳ともなると、
記憶がぶっ飛んでしまっているところが多々ありました。

見どころ満載のゆえに、いくつかに分けて記事にしようと思います。


まず、「鐘」。
一体いつ、だれが舞台に取り付けるのだろう・・・。
これはすっかり脳裏から消えてました。

したがって、そのことは興味の一つでした。


鐘は、狂言方の後見が4人で運びます。
しかも、それは、囃子・地謡とも舞台に上がったあとです。

つまり、この取り付けも、いうならば
「演技(能ではそうはいいませんが)」の一つと言っていいと思います。


鐘は、数10kgあると聞いています。

鐘の釣りのところに太い丸い棒を通して、
若い二人が前後にその棒を持ち、
残る二人は鐘の横を持って、
橋掛かりから舞台中央に運んできます。

とっても重そうでした。


そして、釣鐘を舞台の天井に長い竿2つを使って取り付けます。
天上中央の金具はこの「道成寺」のためだけに取り付けられています。


  なお、この長い竿は、休憩時間のときに、
  揚幕からそっと橋掛りまで出されていました。

裃を着てのこの所作は、観客みんなが注目しているので、
見ている人も作業する人も大変緊張する時間です。

しかも、この鐘が「道成寺」でどういう動きをするか
会場のみんなが知っているだけに、
「しっかり取り付けてね・・・」と
能楽堂全体が一つの祈りに包まれています。


なお、舞台の囃子・地謡は、それぞれ少しナナメ下を向き、
この作業については視線を外しています。

鐘を釣る紐は、シテ後見の人らによって、
しっかりと柱に括りつけられ、鐘は見事に舞台の真ん中に宙釣られました。

とにかく、静寂の中で、協同作業で、
トントンと鐘が舞台中央に取り付けられる、
その所作、ここにも能の美しさの一面を見ました。

ということで、今日は、鐘が取り付けられる様子のリポートでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/08

「吉野天人(天人揃)」・・・天女がぞくぞく6人も登場してビックリ、豪華

5月6日の「観世能楽堂会場記念日賀寿能特別公演」
最初のプログラムは「吉野天人(よしのてんにん)」でした。

前シテの舞台では桜の木がおかれています。
この時の衣装は唐織壺折。

★壺折(つぼおり)
http://db2.the-noh.com/jdic/2010/04/post_187.html

 余談ですが、私はこの、
 両衿を胸の前でゆったり湾曲させた「壺折」のいで立ち、
 大好きです。とてもエレガンスです。

後シテの舞台では、天冠、長絹等の衣装の天女が、
揚幕からつぎつぎと橋掛かりの舞台に出てきます。

一人ならともかく、二人目が出てきたとき、まずビックリ、
それだけでなく3人目も「ええ!!3人も・・・!!」、
そして4人目、5人目と出てくるたびにひっくり返りそうでした。

そして何と計6名の天女が、それぞれ、白や藤色や緑などの
美しい衣装で登場して舞を舞うのです。

★天冠(てんがん)
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc9/kouzou/mask_custome/custome/class.html

舞台にはシテ(結局2番目に登場した)とツレ二人、
橋掛かりにツレ三人。

豪華絢爛とはまさにこのこと。

私の座席の後ろの方が隣の人に言ってました。
「お祭りだから・・・(こんなにたくさん)」


番組を改めてよく見ると、
「吉野天人」の左横に「天人揃」と書いてありました。

会場記念日賀寿能にふさわしい、豪華な舞台でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)